「僕の帰りが遅いと、おふくろは僕が死んだと思うらしい。家に入ったら泣いているおふくろがいる。そして、『死んだかと思った』と繰り返すんだ。」
甥っ子のハムドゥーは、昨夜のチャットで、そんな事を言って来た。
彼とその家族が、自分たちの村、ビレーラームーン村を離れたのは、もう随分前になる。村には、一時人が戻りかけたようだったが、結局、各勢力の狭間のような位置にあるため、住める状態にはなり得なかった。戦闘は続いている。化学兵器騒動とは関係なく、戦闘や空爆はまた激しさを増しているらしい。
彼は今でも村にある自宅に残っているモノをとりに行ったり、村の基地にいる友人のところに行ったりを繰り返しているが、近頃、危険は度合いを増している。ネットも自由シリア軍の拠点に行った時しか使えないようだ。
「ほんとなんだ。ほんと危険なんだ。危険なんだ。一日のうち、半分以上は危険な目に会っている」今までは、「まあ、大丈夫だよ」と言い続けて来たハムドゥーだったが、「今日は正直に言う」と伝えて来た。
「だから、・・・・ぼくもシリアを出ようと真剣に考えはじめた。ヨーロッパに出たMSとも話した。彼と同じような形でシリアを出る計画をしている。彼もいるし、死んだマフムードおじさんの息子Hもいる」
MSと同じ形。つまり、密出入国である。MSもHもヨーロッパに出はしたが、一人は政治亡命を申請中、もう一人は8ヶ月経って、ようやく居住証が出たとは言っていたが、両人ともキャンプ暮らしである。国も違う。
MSの出国時の話は、私も直接話を聞いているから知っている。地獄の逃避行だ。しかも、それなりの大金がいる。密入国差配人に渡す金だ。失敗したからといって帰って来る金ではない。しかも金銭を持っているが故に危険な目に会う可能性が高い。
MSは言っていた。うまく行かずに連れ戻されるもの、途中の町で身動きがとれず、身元を証明するものを持たないまま外国に留まらざるを得ないケースも多い。後者のなかは、最終的に所持金がなくなり、麻薬取り引きなどの道に入らざるを得なくなる輩も多いと聞く。
ハムドゥーは続ける。「僕の家では僕が唯一の息子だから、おふくろは反対するかと思った。知ってるだろ、おふくろはどんな性格かって。だけど、この前おふくろは言ったんだ。『何処へでも好きな所へ行けばいい。ここにいないほうがいい。』ってね。それでもうすでに何人かに借金を申し込んだりしているんだ。」
ハムドゥーは、訝る私のメッセージを無視するかのように、何ものかに憑かれたように彼の逃亡計画を書き送り続ける。しかし、行間にまだ100パーセント決めることが出来ずにいることが伺える。
そして、気をつけてとしか言えない私に、「なんとかする」との返事し、その躊躇を打ち消すように、ネット上から消えてしまった。
昨夜は、ちょうど折も折、私も上記の甥っ子Hと話をしたばかりだった。彼は「居住証をもらったあとはパスポートの申請も出来る。そうなったら、いざとなれば、国外への移動も可能なんだ。」と言っていた。
「・・・但し、シリアへの帰国以外はね」と。