2014-11-23

雨上がりの空



ハッブーバの村に、冬の訪れを告げる雨が降ったらしい。

午後に2時間ほど激しく降ったあと、やけに美しい夕暮れがやって来た、とTが写真を送ってきてくれた。





以前にも書いたが、この村はイスラーム国制圧下にある。普通学校は閉鎖されたまま。その代わりにイスラームの宗教学校を開くと通知があったらしいが、数ヶ月が経った今も、それは実現されていない。



かつては市のたつ町だった近くのハフサが空爆に曝されるようになってから、比較的安全なハッブーバがそれに取って代わっていたようだが、今はイスラーム国が全ての流通を取り締まり、勝手な商売は出来なくなっている。



そして数週間前には、村で初めて、村の若者の一人が斬首刑にかけられた。政権側の軍部隊にパンを届けた為だという。



村の広場で、公開で行なわれたこの処刑のあと、村全体が激しい悲しみに包まれた。村の長老たちまでもが泣き入ったという。



もし政権側、反政権側という言い方が今でも可能ならば、この村は後者である。そしてこの若者は政権側に「塩を送った」という「罪」を犯した。



しかし、この処刑に対する村人の嫌悪感は、「政権側、反政権側」というあまりにも単純な図式とは、ほど遠いところにあり、その後どんよりとした黒い雲のように村を覆っている。



我々「イブラ・ワ・ハイト」の活動に参加して、刺繍を作り、日本に送りたいと言っていた女性たちも、それ以来、激しい恐怖に襲われている。 

Tも「やっぱり、今は無理だわ」と言う。



我々の間にある、刺繍糸は我々を繫いでくれる、という共通の認識は変わらないが、今はそれさえも、心の中にしまっておくしかない。



Tの送ってきた写真には、「外には、近所の子供のはしゃぐ声も聞こえる。レモンをそえたお茶を入れてみた。こんな風に終える一日は、悪くないわ」というメッセージが添えられていた。



この雨上がりの写真は、何かを超越した色あいの空を映している。でも私には、それがあまりにも儚げに見えて仕方がない。








2014-11-18

答えのない問い



ついにハムドーがシリアを出た。ヨーロッパに出て、そこで難民申請をするらしい。



1週間程前にトルコにやっとの思いで出て来た。メルシンに行き、そこで悪名高い密航業者の内の一人に会ったという。「彼はイタリア行きの船に乗るのに、一人頭6500ドル(70万円程度)を要求してきた。」とハムドーは言う。私もこのくらいか、あるいはそれより高いくらいが相場だと聞いていた。



6500ドルは、法外に高い。しかも、彼らのところに来るようなシリア人は、シリアで生活が出来なくなり、やむなく外国に逃げようとしている人たちなのだ。しかし、なんとか新天地を見出したいシリア人の多くが、全財産をかき集めて、このような船に乗る。



しかし、こういった密航業者はヨーロッパ行きの船にシリア人を「乗せる」手配をしてはいるが、無事に目的地に着くかどうかは、彼らの知った事ではない。



定員の10倍もの人々を乗せた船が転覆したりするニュースが時折報じられる。命の保障はどこにもない。しかし、他に選択の余地のない人々が、運を天に任せて、この悪魔の船の船賃を払う。



「勿論べらぼうに高いし、中にはイタリア行きとか言っておきながら、シリアのタルトゥースに連れ戻すような罠にかけられる場合もあるらしい。しかも、奴ら差配人の風体は、いかにも胡散臭かった。心底やばいって感じた。だから、あの船はやめた。」とハムドーは、言った。



ハムドーはちゃんとパスポートも持っている。ただ、ヨーロッパに正式に入るためのビザをとる様々な要件に欠ける。最終的にアルジェリアまで空路で行き、そこから陸路モロッコに抜け、そしてスペインに渡るルートをとる事にしたようだ。しかし、モロッコからスペインは、やはり海路だ。危険は、やはり最後まで付いて回る。しかし、もうそれしかない、と彼はハラをくくっているようだ。



父母と妹たちを、アレッポ近郊のカファル・ハムラ村に残してまで、ハムドーがここでどうしてもシリアを出ようと思ったのには、訳がある。



彼は反政府集団のメンバーの多いビレーラームーン村の出身だが、この村の出身者が近頃ことあるごとに、無差別に政府側の治安関係機関に拘束されているという。拘束されたら、ほとんどが帰ってこない。



また、彼は修士論文でアレッポ近郊にあるローマ時代の水路に関してとりあげたが、その水路の位置情報を治安情報部がほしがっていると、博物館の職員に言われたという。



「なんでも、こういった古代の水路に武装集団が潜んでいるってことだ。治安関係機関は水路を突き止めて、吹き飛ばしたいらしい。」



「僕は僕の論文がそんな事に使われたくないけど、もし無視したら絶対捕まる。捕まったら、絶対帰って来れない。近頃は、前にも増して、聞き込みも讒言の類いも多くなっているが、聞き込み無視をしたら、そいつはテロリストの一派だということになるらしい。テロリストというのは便利な呼び名だよ。この言葉さえ唱えたら誰も何も言えない。」
 



「家を出る時、お袋が、もう帰って来ないのか、と聞いた。何と答えていいのか、わからなかった」



事の経緯を淡々と話していたハムドーの声が、受話器の向こうで、かすれた。