2013-09-15

逡巡



 「僕の帰りが遅いと、おふくろは僕が死んだと思うらしい。家に入ったら泣いているおふくろがいる。そして、『死んだかと思った』と繰り返すんだ。」



甥っ子のハムドゥーは、昨夜のチャットで、そんな事を言って来た。



彼とその家族が、自分たちの村、ビレーラームーン村を離れたのは、もう随分前になる。村には、一時人が戻りかけたようだったが、結局、各勢力の狭間のような位置にあるため、住める状態にはなり得なかった。戦闘は続いている。化学兵器騒動とは関係なく、戦闘や空爆はまた激しさを増しているらしい。



彼は今でも村にある自宅に残っているモノをとりに行ったり、村の基地にいる友人のところに行ったりを繰り返しているが、近頃、危険は度合いを増している。ネットも自由シリア軍の拠点に行った時しか使えないようだ。



「ほんとなんだ。ほんと危険なんだ。危険なんだ。一日のうち、半分以上は危険な目に会っている」今までは、「まあ、大丈夫だよ」と言い続けて来たハムドゥーだったが、「今日は正直に言う」と伝えて来た。



「だから、・・・・ぼくもシリアを出ようと真剣に考えはじめた。ヨーロッパに出たMSとも話した。彼と同じような形でシリアを出る計画をしている。彼もいるし、死んだマフムードおじさんの息子Hもいる」



MSと同じ形。つまり、密出入国である。MSHもヨーロッパに出はしたが、一人は政治亡命を申請中、もう一人は8ヶ月経って、ようやく居住証が出たとは言っていたが、両人ともキャンプ暮らしである。国も違う。



MSの出国時の話は、私も直接話を聞いているから知っている。地獄の逃避行だ。しかも、それなりの大金がいる。密入国差配人に渡す金だ。失敗したからといって帰って来る金ではない。しかも金銭を持っているが故に危険な目に会う可能性が高い。

MSは言っていた。うまく行かずに連れ戻されるもの、途中の町で身動きがとれず、身元を証明するものを持たないまま外国に留まらざるを得ないケースも多い。後者のなかは、最終的に所持金がなくなり、麻薬取り引きなどの道に入らざるを得なくなる輩も多いと聞く。



ハムドゥーは続ける。「僕の家では僕が唯一の息子だから、おふくろは反対するかと思った。知ってるだろ、おふくろはどんな性格かって。だけど、この前おふくろは言ったんだ。『何処へでも好きな所へ行けばいい。ここにいないほうがいい。』ってね。それでもうすでに何人かに借金を申し込んだりしているんだ。」



ハムドゥーは、訝る私のメッセージを無視するかのように、何ものかに憑かれたように彼の逃亡計画を書き送り続ける。しかし、行間にまだ100パーセント決めることが出来ずにいることが伺える。



そして、気をつけてとしか言えない私に、「なんとかする」との返事し、その躊躇を打ち消すように、ネット上から消えてしまった。



昨夜は、ちょうど折も折、私も上記の甥っ子Hと話をしたばかりだった。彼は「居住証をもらったあとはパスポートの申請も出来る。そうなったら、いざとなれば、国外への移動も可能なんだ。」と言っていた。



「・・・但し、シリアへの帰国以外はね」と。
















2013-09-08

軍事介入



アメリカの軍事介入を巡って、世界が急に喧しくなって来た。



8月21日の化学兵器の攻撃のあと、ネット上のビデオは、化学兵器で、生きているようなあどけない表情をして死んで行った子供たちの遺体を次々と映しだした。



子供たちだけではない。あそこでまともにガスを食らった人は、どんな屈強な若者でも死んでしまったのだ。



なのに、世界はまだ、誰が化学兵器を使ったか、誰が死んだか、誰がどう苦しんだか、誰が嘘をついているのかだけを取り沙汰する。



でも、それは別に驚く事でも何でもない。今までも同じだったのだ。朝食の用意が出来ていた普通の家庭の朝が、いきなりの空襲で廃墟のそれになっても、だれも話題にしない。



そして、一連の戦闘のなかで、猟奇的な出来事だけが取り上げられ、それが全てを物語るかのように解釈される。





「化学兵器」の事件のあと、アレッポで、イドリブで、ダマスカス近郊で空爆はさらに激化している。つい数日前トルコのレイハンルにいる友人の親戚がイドリブから出て来て、アリーハとサラーケブ(いずれもイドリブ県の町)で激しい戦闘になっていると伝えていた。



アレッポの友人は、もう10日ほどネット上に現れない。ダマスカスの刺繍工房の指揮をとってくれていた女性も、「女性たちの消息がわからない」というメッセージを最後に、彼女自体の消息が分からなくなっている。



ニュースは、アメリカで、そしてヨーロッパの街頭で、軍事介入の反対を叫ぶ人たちを映しだす。



それを見ながら、いつか夫が教えてくれたエブラ文書(紀元前3千年紀)の一節を思い出した。エブラ王のもとに使者が来た。その使者は、ほど遠からぬ国が、戦闘準備をしていることを王に伝えた。使者は王に言う。早くこちらも準備をしなくてはいけません。「アルヘシュ、アルヘシュ(エブラ語で、『早く、早く』)」と使者は呼びかける。夫は喉音をきかせて、この「アルヘシュ」を繰り返した。



あの時。夫には今が見えていたのだろうか。