2012-09-11

臨時召集


昨夜2週間ぶりで、アレッポとイドリブの友人たちがオンラインにいた。そして、みんな、「まだ生きてる」というメッセージを残してくれていた。

FBの、緑の小さな点が彼らの名前の横についている。この期を逃すまいと、急いで話しかけた。教え子のWは、この2週間の間に、彼の家の建物の屋上が砲撃を受け、大きな被害を受けたと語る。でも、「とりあえずウチの部分は崩れませんでした。まだ、元の家に住んでます。」という。

彼に、アリーハのAのことや、甥っ子のハムドゥーのことを聞いてみた。Aは、アリーハからイドリブの町に移っているが、数日前に連絡をとり合い、とりあえず無事を確認したという。またハムドゥーには、こんな状況の中、先日大学に行き、偶然出会ったというが、彼の村は、アレッポの激戦区とまでは行かずとも、いつどこで爆撃にあったり、弾が飛んできてもおかしくない状況になっていると話していたという。この2週間で、状況はあの村では悪化しているようだ。

Wは続けた。「でも、こんな中で、僕たちシリア人は、決して捨てたもんじゃないことを確認している。余裕のある人は、進んで被害にあった人や、生活できなくなった人を、物質的にも、精神的にも助けている。シリア人は必死で、耐えて、しのいでいる。国際社会からの支援なんか、もうどうでもいい。期待するなんて、この状況じゃ、もう意味がない。自力で、やるしかないんです。」

先生、気にしなくていいよ、と彼は続ける。出来ないことは出来ない、仕方ないんだからと。

何と返事すればいいのか。ついこの前まで、私は彼らを「彼ら」という代名詞で呼んでいなかった。私にとって、彼らは「我々」だった。なのに、私は今、この「国際社会」の片隅にいるしかなく、「彼ら」にかける言葉さえ見失っている。私は・・・と続けようとするが、言葉にならない。その私の気持ちを汲んでくれたのだろう。また、これからもネットが開いたら、声をかけてくださいね、と彼は書いてくれた。

ラタキアのAからも、今朝メッセージが入っていた。そこには、数日前、臨時召集令状が来たらしいことが書かれていた。彼は今年の初めに兵役を終えたにもかかわらず、一ヶ月以上前に、軍隊から臨時召集が来たと言っていた。そのときは、それほど深刻なものではないと思っていたが、今回は再度の催促のようである。

同じシリア人を殺すための軍隊には行かない、行きたくないと、若い友人たちはすべて口をそろえて言っている。Aも例外ではない。どうも、彼はこの2度目の臨時召集のあと、強制的に召集されるのを恐れ、自宅をでて、友人宅に「逃げ込んで」いるらしい。しかし「逃げおおせるものではないと思う。だけど、どうしたらいいのか、わからない。」「今、同じシリア人を殺すための軍隊に誰が好んでいくと思いますか?でも、この前、友達が逮捕された。召集を拒否したんです。」

シリアでは、傷をえぐるような毎日が続く。