2013-05-19

針と糸




亡くなった夫は、たまに熱に浮かされたように何かに夢中になる事があった。シリア刺繍の収集もその一つである。あるとき、ラッカという町に住む友人Tが、素朴な刺繍の施されたクッションカバーの数々を夫に見せてくれた。この友人がユーフラテス川沿いの村々から集めたもので、ここ50年来の作品だと言う事だった。



刺繍は、一つ一つのモチーフが奇抜であったり、とりとめがなかったりで、重厚な「伝統工芸」のイメージからはほど遠い。しかも、粗末な木綿地に、有り合わせの糸で刺し込まれているだけである。しかし、そのユーモラスで、どこか暖かいその文様は、物々しい「伝統工芸」としてではなく、シリアの片田舎のあっけらかんとしたデザイン感覚を素直に表現している。



夫は、それからTの所に行く度に、しつこいほど収集を薦め、時には彼の集めたものを借り受けてきた。しまいに、Tはそんなに気に行ったのなら、いくらでももって行けばいいと、コレクションをかなり譲ってくれた。



夫は大喜びで、アレッポ郊外のジャバル・ハス(ハス山)という地区にある村の農家にそれらを飾った。この農家は、コッバというドーム状の屋根をもつ、日乾し煉瓦で出来たシリア北西部特有のつくりで、半壊していたのを夫が「復元」し、借り受けていたものだ。



刺繍コレクションをここに「展示」してから、夫は友人や客人が来る度にこの家に連れて行き、忘れられつつある「シリアの民間の伝統文化」を熱っぽく語るのだった。



「民間の伝統文化」というものがあるとすれば、それは薄暗い博物館の奥に鎮座するものではなく、自分たちがこうやって手にとって見て、製作を続けていくことができるはずのものなんだ。そんなことが夫は言いたかったのだろう。



そんなこんなを刺繍で飾られたコッバに座って友人と語り合ったのは、まだわずか3年前のことだ。なのに今は、あの刺繍のコレクションがどうなっているのかさえ分からない。暑い時期にはコッバに開けられた小さな窓から涼しい風が吹き込んできて、無造作に壁に止められていた刺繍の布を揺らしていたっけ。



そんな光景が眼間に蘇る度、あの刺繍のことがずっと気がかりだった。



そんな折、シリア刺繍に興味をもってくれる日本人の女性YSさんに出会った。彼女は積極的にシリア刺繍の活用のために動き回り、ついに彼女のおかげで、シリア人女性に刺繍を通じて収入の道を開く活動グループを立ち上げることが出来た。また教え子のSのシリア現地でのネットワークを使い、写真に残っていた夫の刺繍コレクションからモチーフを選び、試作品も作る運びともなった。



「グループの名前は『イブラ・ワ・ハイト』(アラビア語で、「針と糸」という意味)って、どうですか。家をなくしても、難しい道具がなくても、針と糸があれば、何かができる、そんな希望を託して」とYSさんは提案してくれた。私たちの想いにぴったりのこの素朴なネーミングは、シリア人の友人たちからも、至極受けがいい。



ロシアは新たな武器をシリア政府軍に供与し、アメリカは反体制派への武器援助をほのめかす。戦闘は、仮面舞踏会のように、相手が何者かも分からぬまま続けさせられている。



しかし一方で、人々の生活への渇望を誰も止められはしない。



「針と糸」をそのための武器にしたい。手仕事の実際をシリア人の友人と調整するため、今私はトルコに向かっている。



*イブラ・ワ・ハイトに関しては
https://www.facebook.com/Iburawahaito