2013-03-12

転機



アレッポで家族のようにつきあっていた女医の友人Sさんは、非常に多忙であったことから、長年、ハサンという男性を週一回掃除のために雇っていた。

彼はどちらかと言えば貧しい層に属する人である。しかし、働き者で、心底正直者であったことから、Sさんは安心して、家を留守にしても彼に鍵を託し、掃除を任せていた。

私も何回かSさんの家でハサンに出会ったことがあるが、仕事も丁寧で、ぞんざいな口をきくのを見たことはなかった。仕事をすることに感謝し、誠実に生きてきた人のようであった。

昨年の夏、Sさんがアレッポを出る少し前、そのハサンが電話をかけてきたと言う。その電話で彼は、自由シリア軍に入る決意をSさんに告げた。内戦で兄弟、親戚が次々と亡くなって行く中、その不条理に向き合うために彼に残った選択は、自由シリア軍に入ることだった。

彼は戦闘を好むような人物ではない。家族を愛し、自分に与えられた仕事を真面目に行い、慎ましく生きてきた、シリアにどこにでもいる愛すべき人物だ。
その彼が、あえて前線を選んだ。

「彼は、あのとき私たちに『別れ』を告げた。その後、彼がどうなったかは知るべくもないわ」

そしてこれと前後する時期に、あれほどシリアを、アレッポを愛したSさんが、国外に出る決意をした。

医師という、社会的にも高い評価を受ける職業のSさんと、そのSさんの家の掃除夫を勤めるハサン。この2人の位置は、社会的には極めてかけ離れたものだ。しかし、2人がそれぞれの選択をした時期は、ほぼ重なる。

昨年の夏、それはシリアの「革命」の一つの転機だったように思う。

「長引きすぎたわ。」とSさんは、先日避難を続けているパリでつぶやいた。「革命を理論的に担おうとした層の多くは、国外に逃れざるを得ない状況に追い込まれ、ハサンのような形で人が戦いに向かうようになったとき、「革命」は個人のレベルに降りてきたのよ。」

Sさんは続ける。「『革命』前は、私たちはリラックスし過ぎていた。国際社会に取り残されているのに、リラックスを続け、進歩した気になっていた。それはいつまでも続くものではあり得ないことだったのよ。いつかは、なにかが崩れるべきだった。でもそれがこんな形で起こるとは予想していなかった。」

「ヤヨイが昨年アレッポを離れるとき、いつここに帰って来れるのかしらと嘆いていたけど、その嘆きが私たちのものになるなんて、その時は思いもしなかった。」

彼女は、しかしその嘆きを振り回さない。望郷の念をパリの早春のなかにしまい込み、「国境なき医師団」に参加している。