2012-04-15
早い春の一日
帰国を早めるため、友人の旅行代理店に行った日は、抜けるような青い空の広がる冬の一日だった。
教え子のWが、「車を使うのであればいつでも連絡して」と言ってくれた言葉に甘えて、迎えに来てもらい、旅行代理店へと向かった。
冬の透明な日の光が車に差し込んでいる。数年前のちょうどこの時期に、サンシモン遺跡に行ったときも、こんなシンと澄んだ日だったことを思い出し、Wに、「あの時、みんなで、サンシモンに行ったのも、こんな日差しの日だったよね。」というと、彼も思い出してくれた。
当時ヨルダン勤務だった私が、休暇をとって帰ってきたとき、夫が、朝起きていきなり、「いい天気だ。サンシモンに行こう。学生を連れて行って、みんなでバーベキューしよう。」と言い出した。まだ寒いんじゃないの、と思ったが、学生に連絡すると、「せっかくヤヨイ先生が帰ってきてるんだから、行きたい。」と言ってくれた。
12人ほど集まり、ポンコツのセルビスカー(シリアの乗り合いミニバス)をどこからともなく調達し、途中のデールト・アッゼの町で肉と野菜とホブズ(平たい、シリアでは主食のパン)、ヨーグルトを買い、サンシモン教会跡近くについた。この一帯は、ビザンチン時代の教会跡、宿場跡が石灰岩地帯に延々と広がっている「死せる町々」と呼ばれる地域である。
夫は「サンシモンじゃなくて、この下の、教会跡が絶好のバーベキュー・スポットなんだ」と言う。くずおれた教会の壁がうまく風をさえぎって、バーベキューの火をおこすのにちょうどいいという。
考古学者にあるまじき遺跡の乱用だね、と冗談を言いながら、そのバーベキュー・スポットとやらに赴き、学生は「原始炉」の設営を始めた。
私と夫は、「先生」の特権で、「原始炉」が出来るまでの間、そのあたりを散策した。近くは、ごろごろとある石灰岩を丹念に除き、農地にした場所である。この地方特有の赤い土に、冬の雨をうけて萌え出した雑草が這っている。その中に、クロッカスの類だろうか、山吹色の小さな花をつけている草があった。
春にはまだ早いのに、けなげに、しかし凛と花を咲かせている。背景の赤土が、つやつやとした山吹色をより際立たせている。じんとくるほど綺麗だった。花の横に、夫の影があった。
ふと我に返ると、旅行代理店の前に来ていた。中に入ると、友人が、変らない暖かい笑顔で迎えてくれた。彼の笑顔と、この日差しが、私の知っているシリアそのものなのだ。