2012-04-29

考古学とシリア危機


アレッポ大学時代の教え子のうち、少なくとも10人以上が今、ヨーロッパの大学の修士や博士課程で勉強している。

ベルギーで金属器の修復に関して勉強をしているSもその一人だ。先日、私をフェースブックで見つけたらしく、連絡をしてきてくれた。

修士論文はすでに出し、今度は博士課程に進むと言う。博士論文の題目が決まらないから、相談に乗ってくれと言うので、出来る範囲内で、と交信を始めた。

彼は、大学入学当時からやんちゃ坊主的キャラクターを発揮していたが、そんなに出来る学生とは私も夫も思っていなかった。しかし、最初の試験で、他をかなりはなしてダントツの成績一位をとってしまった。

たまに生意気な口もきくので、夫はタマにキレていたが、行動力もあり、何より考古学を楽しんでいた。3年前に奨学金をもらうことになり、ベルギーに国費留学したが、その後、通信が途絶えていた。

昨年の夏ごろ、夫と話したとき「Sが近頃、外国在住の反政府派ってことでテレビのインタビューに何回か出てたぞ。」と言ったことがある。えー?でも彼ならありそうだよね、と言いつつ、私は彼が面倒に巻き込まれなければいいけど、と思ったものである。

そのSと昨日スカイプで長話をした。博士論文の話も勿論したが、最後にはやはり、今のシリア情勢の話になる。しかも彼はいわゆる「活動家」を自負しているのである。全部は言わないが、かなりいろいろなことを把握しているようであった。

つかまっている友人のことや、いろいろな話をしたが、そのあと彼は「先生、今僕が一番心配なのは考古遺物の盗難や流出なんだ。勿論、人命保護とか、難民の問題とか、そういうことが優先順位が高いのはわかっているけど。昨日もダラアにいる友達が、それらしき(盗難の)場面を見た、と言ってた。」と言う。

私も同感であるし、それこそ、考古学を曲がりなりにも勉強し、教えてきたものとして、ネットの報道などで遺跡破壊などの記事を見ては、呆然としているしかないのが歯がゆい。実際イラクで起きたようなことが起こらぬとも限らない。ただ、何をすればいいのか。

彼にしても同様である。ただ、彼には通信網があるようで、部分的にではあっても、何が起こったかを知ることはできるようだ。そして、もしそういう情報がはいったら、国際機関に訴えたりするようなことを手伝ってほしい、と言うのである。

思えば、イラク戦争のときも、バグダード陥落の前に、夫と知り合いに遺産保護を訴えるメールを送ったことがある。

Sとの話は、夫の遺志を再認識させてくれた。