2012-03-15

教え子たち(その2)


見舞いに来てくれていた学生のうち、Wは車で来ていた。送っていくと言ってくれたので、みんなで彼の車に乗り込むと、Wは、「久しぶりにみんな一緒になったんだから、うちに来てお茶でも飲まないか?」と誘ってくれた。

9時を回ったところで、以前のアレッポなら、何の問題もなく、即決で「行こう」となったはずである。しかし、今回はこの状況で、しかも前日、遅くなったことでSさんに心配をかけたこともあり、少しためらった。

だが、またいつこのような機会があるとも思えなかったので、Sさんには電話をして、寄り道をすることを伝えた。

Wは穏やかな性格の若者で、やはり修士課程で古代セム語の勉強をしている。父親は、政府系の地区委員のような地位にあり、若干他よりも恵まれた経済状況にある家庭である。しかし、彼の父親は今回の「革命」の中で、政府系の地位のために、微妙な立場に立たされているという。

車に乗ると、学生たちは、本音を言い始めた。Aは自分の町で起こっていることから考えても、政府を批判する立場だが、Wは、「正しいことをする者の側に立つよ」と「どちら側か」を明言するのを避ける。

彼の友達は、彼の父親の立場のことも考えて、Wのその態度を批判はしない。みんな、それぞれがどういう状況にあるのかということを理解し、自然に自分の意見を述べている。

状況が騒然としている場合、こういったちょっとした立場の違いが、大きないさかいになることもあるのだろうが、少なくとも彼らの話し方からは、分別のあるスタンスと言うものを感じる。個人・友人の間では、このように話し合えるのだ。なのに上のレベルでは・・、などと考え始めたとき、アレッポ南部の集団住宅の一画にあるWの家の前で車が止まった。

Wの家に入ると、Wの父親、兄、母親が総出で出迎えてくれた。シリアでは、どんな時間であろうが、客人を常に暖かく迎えてくれる。

家のなかには、パンの香ばしい匂いが立ち込めていた。「今、夜食にチーズのサンドイッチを作って食べ始めたところなんだ」と、山盛りの焼きサンドイッチを父親が運んできてくれた。甘い紅茶も「今入れたところだから」と注いでくれた。しょっぱいチーズが良くあう。

「こんなものしかなくて」と父親は恐縮していたが、闖入者をごく自然に迎えるシリア人のもてなしの心は、ここでも変らない。

日本人の友人が言っていた言葉を思い出す。「シリアはシリア人がいるからシリアなんだよね。」

熱い紅茶をすすりながら、胸が熱くなるのを感じた。