2012-03-06

病院へ


友人の旦那さん、Nさんはまめな人で、建築技師という忙しい仕事を持っていながら、普段の食料品の買い物は彼がする。

この日も空港から家に向かう道で、「買い忘れたものがある」とスークに寄った。「5分だけ待っていて」と車を降り、「だけど、車に鍵をかけるよ。閉じ込めてしまうけど、悪く思わないで。誰がドアを開けるかわからないからね。」と言って行ってしまった。もともと用心深い人ではある。だけど、こんなことをアレッポでしなければならない?信じられなかった。

友人宅に着いた。ドアを開けると、Sさん、娘のGちゃん、息子のH君が待っていた。「久しぶり、お帰りなさい。」さっきまでの緊張が解けて、ハグの応酬。長身のH君は私の娘をぶら下げるようにハグした。Sさんが私の目をじっと見て、「元気?」と聞いた。彼女はこの挨拶の返事を知っている。

とりあえず荷物を置くと、夕食を用意してくれた。それほど食欲はなかったが、無理にでも食べないと、席についた。ほうれん草の炒め物とバターライス、そしてヨーグルトという、私の好きなメニューであった。料理上手なSさんの久しぶりの心づくしの家庭料理である。皆とたわいもない話しをしながら、一緒に食べた。この団欒は、前と変らない。しかし、周りを見回すと、そこここに停電時用の非常用ライトが置いてあるのが目についた。

夕食をとったあと、Sさんと娘と一緒に病院へ向かう。病院についたのは8時過ぎになっていただろうか。甥っ子が、救急入り口のところにいた。話しがしたかったが、この病院の医師でもあるSさんに促されて、中に入る。甥っ子には、あとでね、とだけ言ってSさんに従った。

集中治療室だが、Sさんの口ぞえで、簡単に入室を許された。治療室の一番奥まったところに夫のベッドがあった。

「アハレーン(やあ)」と言わない夫を初めて見た。チューブが口に押し込まれ、機器の反応で、機械的に体が動いていた。ここでも夫がこのような病の床についていることに対する現実感は全くなかった。近づいて、声をかけた。閉じた目が時々動く。話しかけたら、答えるかのように動く。さらに話しかける。

「来たよ。うそつかなかったでしょ。」

あとは何を話していたのか、わからない。娘の奈々子にも声を聞かせてあげてよ、促す。娘は「ハミードさん」と話しかけた。反応はあるような、ないような。それでも、彼はここにいると感じる。遠くへは行っていない。話しかけるしかない。体は温かい。いろいろな機器が貼り付けられているので、何もない肩の辺りをなでてみる。目が反応したような気がした。