2012-03-08
アレッポの朝
2月6日。
なんとなく眠れない夜を過ごしたが、明け方のアザーンの頃、少しうとうとしたようだった。
8時前に、Gちゃんが起き出して、仕事へ行く用意をしている音が聞こえた。うちの娘と、小学校のときからずっと姉妹のように付き合ってくれている。昨年医学部を卒業して、大学病院に勤務し始めた。みんな気がつかないうちに成長しているんだよね、と彼女の立てる控えめな物音を聞きながら、一瞬の感慨に浸る。
キッチンに行くと、Nさんがコーヒーをいれてくれた。Nさんは建築技師だが、この一年新しいプロジェクトがない。前にやっていた仕事の始末はしてるけど、この一年、普段は家にいるんだよ、とこぼした。ワークホリックのようだったNさんからは、考えられない。
独り言のようなNさんの話を聞いていたとき、また電気が切れた。Gちゃんが「お父さん、遅くなっちゃうよ。」と玄関のあたりで呼んでいる。
このご時世で、タクシーは使わせられないからね、とNさんはGちゃんを病院に送っていっている。シリアでは、乗り物の運賃は非常に安く、タクシーも一般的な市民の足として、皆気軽に利用している。
しかし、今はこれも、女性一人で乗るのは、危ないといわれた。タクシーの皆が皆、悪いわけではない。しかし、今は万が一のことを考えなければならない。夜中でも一人タクシーに乗って、なんの危険も感じなかったのは、つい10ヶ月前のことだった。
NさんがGちゃんを病院に送っていったあと、Sさんが起きてきた。彼女は今日は遅番だが、同じ勤務時間の同僚に電話をして、一緒に病院に行く相談をしている。
「前はNが車を使ってても、私が別の車で行ってたけど、今はそれもできないし、タクシーも聞いたとおりでしょ?いろいろな小さいことが、かなりストレスなのよ」。
彼女は麻酔医で、仕事自体が非常に神経を使うものである。小さなストレスは、傍で思うより負担になっているのだろう。
彼女もコーヒーを飲みながら、「こんなときに、こんなふうに会うことになるなんてね」とつぶやく。
1月の下旬にアレッポでかなりの雪が降ったとき、彼女は雪景色の中でGちゃんやNさんとピースしている写真を送ってくれた。単純な私は、その背景にあるものを考えもせず、「私もアレッポの雪景色にジョインしたいな」と返事をした。
皆の写真の中の笑顔を思い出しながら、その背景をコーヒーと一緒に飲みこんだ。